私が「起業ノート」をつけることの重要性に気がついたのは、金融機関で融資の審査の仕事をしていたときでした。
ある日、「高齢者介護の事業を始めたい」という起業家と会って、提出された事業計画書などを見ながら話をしていたときのことです。
その人が、手元に数冊の大学ノートを持っていて、チラチラと眺めながらこちらの質問に答えていたのです。
興味をもった私は、「そのノートにはどんなことを書いていらっしゃるのですか?」と質問しました。
「いやお恥ずかしいのですが、起業するためにやってきたことを書いています」との返事だったので、見せてもらったところ、きれいな手書きの文字が整然と並んでいました。
1日1ページの日記形式で書かれており、起業のためにその日に準備したとこが、色違いのボールペンを使って記録されていました。
この人は、1年前に勤めていた会社をリストラされて、やむなく起業を考えたのですが、「最初はどんな事業で起業するか皆目見当がつかなかった」とのこと。
ノートの初めの頃のページを見ると、「年齢的に再就職は難しいし、起業するとしても何をやったらいいのだ?」と、悩める心情が赤裸々に綴られていました。
それでも、数カ月後のページには、悩んだ挙句に、自分の経験や人脈が生かせる事業で起業することを決意した旨の、「やっぱりこれしかない!」という力強い筆跡の文字が書かれていたのです。
その後の記事には、事業に関連する法令を調べた結果や、商工会議所の創業セミナーで勉強した内容など、事前準備を積み重ねたことが表れていました。
金融機関にとって、これから起業する人への融資は、事業がうまくいかない人が多いだけに、非常にハイリスクで判断が難しい融資です。
とくに、収支見通しは予測に過ぎないので、その数字の根拠が納得できるかどうかが、融資可否のポイントとなります。
このノートには、地域の人口の年齢構成など介護事業に関する市場分析データや、競合となる施設の詳細な調査結果も記録されていたことから、収支見通しを算出する根拠について、「これでもか」というほどの説得力がありました。
審査する立場だった私は、綿密な準備の軌跡が見えたので、事業計画書に書かれた収支見通しも実現可能性が高いものだと思うようになったのです。
その結果、首尾よく融資OKの結論となり、この起業家は事業を開始することができました。
それどころか、今や、地域内の同業種で1、2位を争うほどの企業に成長しています。
このように、最初はプランがあやふやで迷っているような人でも、「起業ノート」をうまく活用することによって、起業を実現し事業を繁栄させることができるのです。
もっとも、単に起業に至る過程を日記のように記録するだけでは意味がありません。
起業前に行っておくべき事前準備をあらかじめ決めて、それに基づいた行動を行っていくために「起業ノート」をつけることが肝要です。